一昨日の21日、大腸内視鏡検査に行った。
大腸内視鏡検査専門の病院だから、全員がその検査を受ける。
時間差で2Lの水(ではなく水溶性のプラスティックらしい)を飲み干すためのサロンで、
黙々と、あるいはぺちゃくちゃとおしゃべりしながら、時間が過ぎる。
卓文さんは思ったより順調で、他の人を30分ほど追い越して検査となった。
さすが日本でも有数の熟練医師たちのいる専門病院(全国の病院から研修医が来る)。
鎮静剤を打たれた本人の知らぬ間に、ものの10分で検査終了。
それから40分ほどうとうとして起こされた卓文さん。
『あれ、まだ検査してないんですけど』
『いいえもう終わりましたよ』と笑いながら看護婦さんに言われてキョトン。
結果。
入口付近に9mmのポリープ2個、これは取りましょう。外来でも可能です。
ただし、小腸の終わり大腸の始まりのところに1つ見つかったポリープは少々気になるので、
組織を少し取りました、この結果が2月4日にわかります、これを取るとなると入院です、とのこと。
卓文さんを待つ間、この病院の院長著の大腸のお話の本を読んだが、
大腸ガンはほとんど自覚症状がなく、自覚症状が出たら末期とのこと。
そしてポリープは間違いなく10~数10年後にはガンになるとのこと。
最近は40代を過ぎた女性にも大腸ガンが増えてきているそうで(30年来の親友も6年前に手術)、
これを機会に私もいつか大腸内視鏡検査を受けようと思った。
毎年わたしが受けている会社の健康診断では腸の検査はないから・・・
1ヶ月ほど前から始めた『糖質制限』。
卓文さんの糖尿病対策で始めたのだが、私にも効果抜群。
豆腐・鶏肉・魚・野菜・大豆・海藻・糖質1/10のパンなどを食べ、
ごはん・うどん・パスタ・小麦粉・砂糖をカット。
卓文さんは4kg、私は3kgの体重減となった。
目の毒となる我が家のカーボ(でんぶん・糖類)は彩香家に宅急便で送り、
麺は白滝やもやしで代用。ご飯は玄米を少々。
塩分控えめも続け、卓文さんには健康で長生きしてもらわなくっちゃ。
明けました。(山口家は『おめでとう』なしの年)
本日、新潟から帰ってきた娘二人のファミリーと東京駅で待ち合わせる。
午前11時20分、上越新幹線降車ホーム21番線の8号車前で再会。
東治と志帆は旅慣れたものだ、さしたる騒ぎもなくお久しぶり、てな感じ。
『あ!はやぶさだ! こまちだ!』と、
まっちばーばそっちのけで反対ホームの新幹線に釘付けになり走り去った。
美紗はすっかり女の子。今回の新潟旅行が効を奏して、人見知り卒業、
とばかりに愛想を振りまき、愛くるしいことこの上なし。
ごった返す東京駅を脱出し、新しくなった東京ミッドタウンに繰り出すも、
ここも同様に人また人の大混雑。
ようやく大人5名こども3名が入れる店『うなぎの宮川』を見つけたが、
驚いたことに分煙ではない、で最終的に入店したのはビアレストランみたいな店。
簡単な定食しかなく、カツカレー、ピラフ、オニオンリングにサラダの簡素な昼食会となった。
しめて7100円のおごりに終わった私はちょっと肩透かしの体。
そこで彩香家はバイバイ、岩井家と羽田に向かう。
ここも大混雑。チェックインして千疋屋パーラーで東治は極上マスクメロンのジュースにご満悦。
そしてANAの飛行機は沖縄へ飛んで行った。
わずか数時間の再会だったが、孫たちの成長を目の当たりにして、充実の一日だった。
12月20日は、気晴らしドライブで、復興支援とばかりに那珂湊(なかみなと)漁港まで行った。
卓文さんの『現地に行って歌を歌ったり、というのもいいだろうけど、
やっぱり一番喜ばれるのは行って買うことだと思う』を実行したのだ。
現地へ到着してみると、すごい人人人人!
お買い物ツアーの看板の観光バスがズラリ。氷詰め保冷箱をいくつも積み上げた買い出しの波。
そうか、お正月用の買い出しツアーが、昔の寺泊ツアーのように押し寄せているのだ、と納得。
『モーリタニア産』の表示のある酢ダコの樽が山のように積まれているが私たちは興味なし。
せっかくだから現地のものを、と活きのいいヒラメやアンコウなどを見て回る。
そして市場2階の海鮮レストランで卓文さんは刺身盛り合わせと燗酒、私は何とか御膳をいただく。
う~~~む、刺身も御膳も2000円以上なのだが、あまり満足感はない。
まず、新鮮ではあるが地物が少ない。量だけは多い。
沼津山正を知っちゃうとねぇ・・・
行きに首都高速で渋滞にハマり4時間もかかった(カーナビ予測より1時間長い)ので、
レンタカー返却時限の5時間前に現地を出発。
ところが東京都に近づくにつれ、渋滞予報は悪化。
最初は6km脱出に30分だったのが最終的には20kmで170分になる。
こりゃいかん、と千葉手前で高速を降り、房総半島を南下して海ほたる経由に変更。
一般道の国道16号線も夕方の渋滞が激しく、館山道路までたどり着くまでに大分時間が経過。
その後は順調だったが、結局6時間かかってしまった。
いつもは横浜より南西へのドライブだったので、都内の渋滞を知らなかったが、
やはり恐るべし都内渋滞。
今後は都内通過は避けるべし、と学んだ一日だった。
走行距離410km。前回と違い快適とは言いかねるドライブだったが、
海ほたるでの休憩では、絶景を堪能して命の洗濯が十分にできた。
12月9日の朝、お尻に貼ったアイスノンを交換しようと思ったら、去年の傷口が少し開いて、膿が滲み出していた。さっそく去年の残りのナプキン特大『多い日夜用』を当てた。夜わたしが勤務から帰ってきたら、 たっぷり2枚分は出て、腫れもひいて楽になったとのこと。11日の内分泌科予約受診で抗生物質を出してもらい、この病院ではなく肛門科の専門医を受診することを勧められる。
次の私の休み、17日は大風大雨だったので18日に調べておいた横浜の松島病院に行く。診察・血液検査・超音波エコー検査のあと、念入りに触診をした先生が、『少し様子を見ましょう。大腸内視鏡検査を受けて、他に腸の病気がないか調べてそれから方針を決めましょう。』で、抗生物質が5日分追加されて、無傷で帰宅、ということになった。 卓文さん心の底から『ほっっ!』
大腸内視鏡検査は、亡くなった長友武子さんが『大腸多憩室症』というポリープがすぐに出来てしまう病気で、その昔、何度も北里大学病院に同行したことがある。
そして、最近新潟パパも受けたが、腸内の洗浄ということでは薬品の進化はめざましいらしい。
武子さんは前日からほぼ絶食、当日も診察室の中にある便器で何回も浣腸させられてそれを看護婦さんが検査して、という、人間の羞恥心をかなり残酷にむしりとられる検査だった。
今回の卓文さんは、前日はパン・豆腐・うどん・おかゆ・白身の魚・赤みの肉などOK。夜下剤を飲み、700ccの水を飲む。排便数をカウントしておく。これだけ。当日は『洗浄剤を飲んでいただきます』と、きっとこれが2Lとかで辛いんだろうが・・・
まあこんなことは1月20日になったら考えればいいことで、明日はいいお天気らしいから、気晴らしにどっかへドライブでもしてこよう。
昨日から卓文さんのお尻がまた腫れてきた。
本日薬局に行き、経口の抗生物質(は当然処方箋がないと出してはくれないが)の代わりになる、
何らかの消炎剤の飲み薬を探したが、ない、と言われ、
抗生物質+ステロイドの軟膏と湿布を奨励される。
年配で品の良い、たぶん薬剤師の資格を持つと思われる店長が、
『ヨウ』は、膿疱を切開するしかない、と言う。
帰宅してみると、昨日より衰弱した卓文さんが息も絶え絶え。
昨日は親指大のしこりがコリコリと当ったくらいで皮膚は正常だったが、
今日になったら皮膚が10×4cmくらい赤くなって、炎症でカチカチ。
明日の授業は休めない、と言うので、明日の夜、緊急の受診を決め、
軟膏を塗りアイスノンで冷やし、下剤を飲ませる。
明日わたしは早引けして、浣腸をして、受診の予定。多分その場で切開手術。
そしてまた、トド生活が始まるだろう。
糖尿病気味だから、傷の治りが遅い卓文さんは、去年の手術後半年くらい傷がふさがらなかった。
体重増加を気にして高カロリーのものを食べたがらない卓文さんだが、
パパと同じように、高タンバク低塩分の食生活をし、運動をして基礎体力をつける必要がある。
釣りも楽しいが、やはりそれを半分に減らしても、日々の運動量を増やす必要性を感じた。
しばらくは看病の日々が始まると思われる。
一族の皆さま、ご容赦を。
とうとう12月になった。
卓文さんの翻訳も、6本と思ったら翻訳会社の間違いで5本だったので終了。
ようやく穏やかな日々が戻った。
11月は毎週レンタカーを借り、 紅葉を求めてドライブ三昧。
と思いきや、天気が悪くて11月19日には方針を変更し、沼津で前回絶品だった寿司屋に行く。
急に思い立ったので、到着が12:30になった。すでに行列6組待ち。
入店は13:30だった。そうしたら前回は絶品で唸ったご飯が少々びちゃびちゃ。
やっぱり2時間も保温ジャーに入っていたご飯は炊きたてとは味が違った。
次の週は卓文さんの翻訳締切前日で、久しぶりに2日間のレンタカー。
11月26日またまた天気が悪く、どしゃぶりの雨の東名を飛ばして、沼津山正(やましょう)へ。
11:00に着いて炊きたてご飯の山正丼800円。
唸るほど旨いっ! レンタカーを伊豆長岡に置いて、バスで夜6:00またまた山正へ。
これは4日ほど前に予約を入れたら『一番入口のカウンターが2席だけ空いています』
でラッキーにも予約が取れたのだ。
週末は2~3ヶ月先まで予約で埋まっているそうな。
観光客はほとんどが漁港の寿司屋へ行く(タクシー運ちゃん談)そうで、
地元沼津の舌の肥えたハイソ連中のたまり場らしい。
お通しが新鮮『きびなご刺身の小鉢てんこ盛り上げ底なし』にはたまげた。
ぷりっぷりのきびなごが、きゅうりや大根のつまなどなしに、一番底までぎっしり。
多分20匹分くらいあっただろう。
その後の注文は、どれも全くハズレなし、焼酎ボトルを入れて大満足の12000円だった。
ランチは値段が安いこともあり、練りワサビ、業務用おろし生姜だったが、
夜は当然、ちゃんとおろした生姜、本わさびを鮫皮でおろし、
海水漬け馬糞ウニは軍艦ではなく(海苔の香りが邪魔をする、という大将のこだわり)、
木のスプーンにごはん少々ウニてんこ盛り、で供される。
この大将がまた、シャイなイケメン36歳で、笑顔で会話に応じながらも気配り怠らず。
奥様も最後に外まで出て、 タクシーで去る私たちに深々と頭を下げて見送る。
タクシーの運ちゃん曰く、女将が外まで見送って頭を下げる店は、
沼津でも2軒しかないとのこと。夫婦で心を合わせて店を盛り立てる姿は心温まる。
両親が経営する干物が名物の魚屋の奥にちょろっとカウンターを作り営業を始めたのが5年前。
あれよあれよと言う間に『沼津行列のできる有名3店』のひとつになり、
3年前に隣のビル1Fを借り、 33人収容の店にしたのだそうな。
一族の皆さまよ いつか沼津に行くことがあったら、
11時に並んで800円の山正丼を食すべし。(1時間で売り切れる)
お父さんの作る魚の干物も絶品。(テイクアウトもある)
27日。早起きした卓文さんは原稿をメール送信して、2ヶ月半に及んだ翻訳の嵐は完了。
昨日の荒天がウソのように晴れ渡り、よしっ! 伊豆半島一周っ!
とドライブ開始。雄大な富士山と深い色合いの駿河湾を眺めながら、
最後は貸切状態の伊豆スカイラインを北上し、紅葉を堪能した。
夜横浜着。走行距離は430km。まだまだ私も元気だな、と実感した。